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東京国際女子マラソン レースを終えて

何から書きはじめればよいのか悩んでしまうほど。
これほど多くの経験をしたレースはありません。

初めての女性だけのレース。今までのレースとの雰囲気の違いや
運営のキメの細かさ、そして手順の多さ。
初めてのことづくしで戸惑い驚いている自分がいました。

スタートは、国立競技場のトラックに整列した際の
晴れやかな気持ち、今までにない感動的なものでした。

いざスタートしてみると・・・
しばらくは下りが続くので気持ちの良さが先行。
でも、今日は走り始めてみたら体調が今ひとつだったようで
15キロ以降は、軽いめまいと身体の重さに苦しまされることに。

特に20~30キロはまさに「ガマンの10キロ」。
応援の仲間がいるポイントまでは這ってでも絶対に行くんだ!
心に決めて動かない身体を前に進ませることだけに集中・・・。

レース中の体調は変化するようです。
最後の10キロは沿道の応援との対話や
市ヶ谷付近の長い長ーい坂道を楽しむ余裕も生まれました。

国立競技場へ帰ってきてトラックを一周したところでひと際大きな声援が!
冷たい雨の中、あたたかい心遣いに感謝です。

何としても国立競技場に戻ってこよう!と
気持ちを奮い立たせてくれたのは仲間のおかげ。
マラソンの苦楽を知っているランナーからの声援ほど嬉しいものはありません。

レースの前後には、多くのランナーの方と交流しました。
招待選手のマーラ・ヤマウチさんや60代のベテランランナーの方々と
お話ししたことは大きな財産です。

選考結果を受け取った日からレース前日までの緊張感。
レース当日の高揚感と絶望感。そして、ゴール後の達成感。
あらためて、マラソンの奥深さを思い知らされた一日でした。

記録は「3時間38分」と今ひとつでしたが
「一生モノ」のゴールの感激を糧に今日からトレーニング再開です!
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by sa-ya-sa-ya | 2008-11-17 23:20 | レース報告

シーズンを終えて

かすみがうらマラソンから約1ヶ月が経ちました。

いつになくレースにたくさん出場したシーズン。
ゆっくり振り返ってみよう・・・と思っていましたが
その後、(正確に言うとこの木曜日まで)仕事のボリュームがグンと増え、
目が回るほどの忙しさ。とてもblogにエネルギーを傾けられませんでした。

遅ればせながら、かすみがうらのご報告を。

当日は、少し肌寒く途中お天気雨が降るなど、まずまずのレース条件。
前半、キロ4分40秒くらいで気持ちよく走っていました。
が、20キロ前後から少し違和感のあった左足の土踏まずが痛み出し、
そして左足全体に疲れが広がっていきました。

飛ばしすぎだった?
湘南国際の疲れが取れていなかった?
土踏まずは思っていたよりも悪い状態だった?

色々と自問自答してみましたが、あっという間にペースダウン。
30キロ前後では多くのランナーに抜かれてしまいました。
快調な時と不調な時では、景色の見え方も違うものですね。
不調な時は、追いかける背中の数が多く見えるんです。(私だけ?)

ゴールタイムは、公式で3時間31分40秒。
プライベートで3時間30分21秒。
残念ながら目標の3時間30分を切れませんでした。

でも、こんなにも清々しい気持ちだったのは
このシーズンを多くの友人や家族に支えられながら
無我夢中で走ったからでしょうか。
自分なりの充実感を味わうことができたシーズンでした。

今は、疲れと相談しながらほぼ毎日走っています。
次のシーズンまで5ヶ月ほど間が開きますが
トレーニング方法や出場のスケジュールなどをじっくり考えたいですね。

来週末は、年に一度のFUN RUN、山中湖ロードレースを走ります。
直接・間接の友人を合わせた50名超と一緒に楽しんできます!

最後に・・・
皇居run仲間のkikuちゃん、初フル完走と好タイムおめでとう!
新たな第一歩は、予想を遥かに超えるすばらしい一歩になりましたね。
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by sa-ya-sa-ya | 2008-05-17 23:59 | レース報告

湘南国際マラソン 2008

3月16日、大磯プリンスホテル前。
スタート時刻を待つバイパスに並ぶ大勢のランナー達。
むせ返るような潮の香り、キラキラ光る波間。
いかにも「湘南らしい」景色に気持ちが高揚します。

9:30スタート。

スタート地点に現れた、欽ちゃんこと萩原欽一氏や
東国原宮崎県知事のコントのような挨拶にすっかりリラックスしてスタート。
恐るべし、笑いの効用。30キロのレース前、緊張から開放されました。

レースには少し強すぎる日差しが気になりますが、
1ヶ月前の東京マラソンのように寒さによる筋肉のこわばりとは無縁。
あたたかな気候の中で、走れることを全身が喜んでいるようです。

喜びはつかの間でした。距離表示が5キロごとのため、ペースが掴めません。
5キロ過ぎからオーバーペースの影響か、身体全体に倦怠感が波のように押し寄せます。
10キロでは、早くもリタイアの4文字が頭に浮かんでは消えていく・・・。

――私の好きな研究者に、東京大学社会学研究所の玄田有史准教授がいます。
数年前に「ニート」という著書を出し、世の中にニートの存在を知らしめた方。
個性的なパーソナリティとは裏腹に、あたたかなまなざしで
世の中の人に関わる事象を分かりやすく伝えてくれる稀有な存在です。

マラソンで辛い状況に陥るとよく思い出す玄田さんの新聞記事。
「働くのはかなしい、けれど」という若年層の社会人に向けたメッセージです。
この日も、何回か内容を思い出しました。

そこでは、「カベにぶつかったときは、
逃げずにその前でウロウロすることが大切だ」と語っています。
逃げ出すのはたやすいけれど、
いつか訪れるかもしれない偶然の出来事や変化を待つことが重要なのだと。

私はオーバーペースを反省して、次の作戦へ移ります。
キロ4分半ペースをあきらめ、ちょっと様子を見ることにしました。
無理せず、前へ進むことに集中・集中。

15キロの折り返し後、ランナー仲間からたくさん声をかけていただきました。
オレンジ色のランニングシャツを着る「アミノバリューランニングクラブ」の仲間も多数。
お互いゴールまでがんばりましょう!とエールを送ります。

聞きなれた声に反射的に手を挙げると、そこには友人Mさんの姿が。
この日のレースは見送りと聞いていただけに、
驚きとうれしさで身体に元気が戻ってきました。(よかった!)

最後の10キロ、すっかり復調。
マラソンは時間のかかるスポーツだからこそ、調子の浮き沈みがあるのですね。
ペースも安定して、キロ4分40秒くらい。ココロもカラダも前向きに。

ゴール手前、ボランティアの方々からの盛大な拍手と沿道の声援。
急勾配を懸命に駆けあがり、フィニッシュ!!

2時間22分。
目標タイムに2分届きませんでしたが、
前回出場の静岡駿府マラソンのレース経験も手伝って
30キロを良いペースで走れたことは自信になりました。

数分後、東国原知事がゴール。(握手をしていただきました!)
公務の合間にレースに出場するという、そのエネルギーに脱帽しました。
「走っているから元気」なのかもしれませんね。
私も見習いたいところです。

マジメに走る今シーズンのレースは、あと一つ。
4月のかすみがうらフルを残すのみです。
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by sa-ya-sa-ya | 2008-03-19 05:48 | レース報告

静岡駿府マラソン 2008

3月2日。
朝6時台の新幹線に乗り、2年ぶりに静岡を訪れました。
雲一つない青空、明るくあたたかな日ざし。
絶好のレース日和、2度目の静岡駿府マラソンに出場しました。

レース5分前。
陸連登録選手の列に(一応)加えていただき
最前列から数えて3列目に並びました。

すぐ目の前には、ゼッケン番号「1番」が。
大阪国際女子マラソン優勝のマーラ・ヤマウチ選手です。
スタート直前だというのに握手をしていただき
かなりのモチベーションアップになりました。(結構ミーハーなんです)

9時5分、スタート。
東京からきたイシさんに見送られながら駿府城を後にします。
イシさんは、体調不良のため出場を見送り。残念でした。
マーラさんの姿は、あっという間に見えなくなります。
実際の姿はとても華奢な印象でしたが、
走りは力強さがありました。さすがです。

スタート100m、すぐ隣りにやってきたのはアラキさんです。
この日は、目標「1時間35分」のタイムを切るペースを作っていただくため
わざわざ名古屋から足を運んでくださりました。

タイムにこだわるのは、ささやかな野望のため。
この秋で開催が最後となる東京国際女子マラソンの
出場資格「標準タイム」を出すことを目標としてレースに臨みました。

このシーズンは、あこがれのレースに出場したい一心で
少々無理なレース・スケジュールを組んでしまいました。
結局、レース中もこの強行スケジュールに泣かされることになりますが・・・。

最初の5キロ。
距離表示がないまま進んでいるので
どの程度のスピードなのか、皆目見当がつきません。
スタート時の周囲のスピードにあおられないよう気をつけます。

~10キロ。
中間地点にさしかかる頃には、足の重さが気になりはじめます。
やはり、2週間前の東京マラソンの疲れが残っているよう。
アタマや心肺機能はまったく問題ないのですが、足がついていきません。

~15キロ。「現状維持で」とのアドバイスを受けて走り続けます。
これ以上、無理をしなくていいんだ。
そう思ったら、気持ちが軽くなりました。

マーラ・ヤマウチさんからの「一緒にがんばりましょう」との言葉を反芻します。
レースに参加しゴールを目指すのは、
トップランナーも市民ランナーも同じなのですね。
それでも、このレースで一番長く感じた5キロでした。

~20キロ。
現在のペースを維持すれば、1時間35分を切ることができる。
そう告げられ、黙々と足を動かします。視線は前を見据えて。

――静岡は、小学生時代の父の単身赴任先。
駿府城公園は、夏の大きなお祭りの会場として何度か訪れた場所です。
迷子センターのお世話になったことも。そのくらい広い広い公園です。

ラスト2キロ。
駿府城のお尾堀端を走る風光明媚なコース設定。
延々と続く城壁と、その広すぎる敷地を恨めしく横目で見ながら
ゴールへの入り口が見えることを待ちわびます。
城壁の入り口がわからなくなり、ヘトヘトになった忍者の心境・・・。

ゴールゲート前。
時計の表示では、1時間34分台。このまま、ゴールへ駆け込みます。

ゴール!1時間34分31秒。
拳を突き上げ、うれしさを爆発している自分がいました。
やった!晴れ晴れとした気持ちで心が満たされます。

アラキさん、本当にお世話になりました。
「レースを投げ出さなかったこと」をほめていただいたことが
何よりもうれしかったです。(終始、余裕で走る姿がうらやましかったです。)

――同じ日、上の子供が野球の試合で
初めてキャッチャーとして練習試合に出場しました。

緊張しながらも、ボールに対して良い反応ができたとのこと。
短いキャッチャーフライも、すぐにマスクを外して
のけぞりながら果敢にキャッチングを試みたそうです。
「あのボールが取れてたら、今夜の夕食は焼肉だったのになぁ~」と
コーチやチームメイトから声をかけられたと、うれしそうに報告してくれました。

私も負けてはいられません!
次は、3月16日・湘南国際30k、そして本命の4月20日・かすみがうらフル。
じっくりと足を休めつつ、次のレースの準備をしたいと思います。

3月になり、春の訪れとともに
我が家のスポーツシーズンも本格到来です。
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by sa-ya-sa-ya | 2008-03-10 21:00 | レース報告

春一番 ~日産スタジアム駅伝~

東京マラソンから6日が経ちました。
予想以上に身体のダメージが大きいことに驚いています。

よく考えたら、真冬のフルマラソンは初めてだったのですね。
HonoluluもNAHAも暖かい土地での42キロ、
筋肉の固さがなく、気持ちよく走れたのかもしれません。

疲労困憊の身体を癒す暇もなく、
東京フルの翌日から、怒涛のように仕事が押し寄せてきました。
いやいや、今週は心身ともにタフな1週間でした。

そして、今週末も身体を休めることのない私・・・。
今日は第1回日産スタジアム駅伝大会に参加してしまいました。

日産スタジアムがオープンしてから10年目の今年、
スタジアム10周年記念事業として企画された大会。
アミノバリュー神奈川RCの山本先生がプロデュースされた入魂のレースです。

出場チーム数は、4名1組×520組。
我がアミノ神奈川からは、20組がエントリーしました。

私の担当は、第1区・8キロ。
東京マラソンの傷が癒えないうちに短い距離を走るのは
これまたタフなことです。(短い距離は苦手ですし。)

走りなれた日産スタジアム周辺のコース。
先月の港北区民駅伝での経験にも助けられ
体調と折り合いをつけながらペースに気をつける余裕がありました。

今日はポカポカ陽気、日差しもあたたかく春めいています。
この冬は、何度も雪が降ったり長く厳しい寒さだったので、
今日の天気が気持ちを軽くするのでしょうか。
思っていたほど足の重さは気になりませんでした。

担当の第1区は、37分で走りました。
沿道からの声援も多く、FUN RUNできるアットホームな大会だったと思います。
下の子供もたくさん応援してくれました。楽しかった!

続く第2区以降のサノさん、スズキさん、キヨナガさんの力走に助けられ
我々のチームは82位と大健闘!皆さん、ありがとうございました。

レース後は、アミノ神奈川で打ち上げ会。
今日の駅伝での話はもちろん、
「次なる野望」これからのレース予定など話題は尽きません。
こちらも55名と大規模のパーティーとなりました。

これだけの走る仲間がいると、どんなレースでも必ず友人に遭遇します。
そして、出場したレースに比例して仲間が増えるんですよね。
2008年は、さらにネットワークが広がりそうな予感がします。

――パーティーが終わる頃、会場のレストランの外は突風が吹き荒れていました。
今日の強い南風は春一番だったそうです。
レースの最中に天候が荒れなくて何よりでした。

それにしても、春の訪れはうれしいものですね。
花粉症の私でさえ、ココロが踊り出すようです。

さぁ、次は来週3月2日の「静岡駿府マラソン」です。
疲れが取れるか微妙ですが、ハーフで1時間35分切りを目指します!

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by sa-ya-sa-ya | 2008-02-23 21:22 | レース報告

東京マラソン The DAY to GO!

9時前、ランナーで溢れる東京都庁前。

私は父と一緒にスタート地点へ向かいました。
ランナーがひしめき合っている中、
このレースに出場できる喜びを噛みしめながら
ランナー仲間ワタナベさんとアラキさんとともにスタートの時間を待ちます。

9時10分、スタート。
3万2千人のランナー達と一斉にスタートを切りました。

これほど、当日までワクワクする気持ちが続いた大会はありません。
いつもレースの数日前から私を困らせる「ランナーズ・ブルー」・・・
恐怖感や緊張感とは無縁でした。

昨年の土砂降りと対象的に雲ひとつない青空、絶好のレース日和。
そして、切れ目のなく続く沿道の200万人以上からの応援。
これほどエネルギーに満ちた大会を見たことがありません。

前のめりの気持ちは正直で、スタート直後から明らかにオーバーペース。
5キロ23分台、前半はかなり飛ばしてしまいました。
待ちに待ったハレの日なのに、それなのに私自身の体調は今ひとつ。
オーバーペースと10キロ過ぎからだんだんと足が重くなってきました。

それでも、移動しながら熱い声援を送ってくれるマラソン仲間の応援を見つけると、
たまらなく嬉しくなって「ありがとう!」とありったけの力で両手を広げ、
手を大きく振り懸命にアピールしました。
どの地点でも、にぎやかな声援を送ってくれました。感謝・感謝です。

・・・マラソンを始める前、マラソンは「根性系のスポーツ」と認識していました。
でも、実際に友人となったマラソン仲間は実に明るい!
「長い距離を走ることに耐え得る身体」を持つ人は、
みなポジティブで、エネルギーが内包されているのですね。
性格もHAPPY Personばかりだなぁ、とつくづく感じています。

後半は、5キロ24~25分台。
35キロ過ぎで私の耳元で天使と悪魔が交互に囁きかけます。

「もう一度、別のレースで同じ距離だけ走るの?
それなら、今がんばっちゃえばいいじゃん!」

「歩いてもいいよ。もう十分頑張ったんだから・・・。」

マラソンって、想像力が求められるスポーツなのですね。
今、踏み出すこの一歩がはるか先のゴールでどんな結果を迎えるか・・・?
体力と気力の極限の状態の中で、頭を使って完走の瞬間の自分をイメージする。
頭の中の「悪魔」をどうにか押しのけ、ゴール・イメージを手がかりに走り続ける。

最後の数キロは、自分のありとあらゆる筋肉を総動員して走りました。
40キロ過ぎからは、肩の筋肉が硬直し呼吸が上手くできなくなるというアクシデントも。
背中を丸めてないと姿勢が保てないほどでした。
初の真冬のフルは、寒さで身体のあちこちが痛んでくるのですね。

ゴール!私の中の「天使」の勝利です。
結果は、目標の3時間半をクリア。3時間27分でした。やった!!

辛く長かった道のりが終わった安堵感と、
自己ベストタイムを更新できた嬉しさで、ポロポロ涙がこぼれました。
マラソンで泣けたのは、初めてのフルマラソンを走って以来のこと。

最後までレースを投げ出さなくてよかった!
ゴールできたことを誇らしく思う瞬間でした。
幸せな週末を過ごせたこと、レースを支えてくれた全ての人に感謝…。

帰宅後に足裏マッサージをしてくれた息子、カタモミをしてくれた娘、
いつか一緒に東京マラソンを走ろう!e0095428_102080.jpg
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by sa-ya-sa-ya | 2008-02-20 01:05 | レース報告

2008 フロストバイトロードレース ~私の場合~

2008年、初めてのハーフマラソン。

娘の走りに触発されスタート地点へ向かいます。
次は私の番、目標は1時間40分切り。
気管支炎が治りきらないカラダ、果たして大丈夫だろうか…?

始めの2~3キロは、大混雑でスピードが出ずキロ5キロペース。
進むにつれ人がまばらになり、キロ4分半になるまで足を速めます。
思っていたより身体が軽く、調子は悪くないよう。

延々と続く滑走路脇の道路を走っている時、
読み終えたばかりの沢木耕太郎「凍」の内容が頭をかすめました。

最強のクライマー山野井夫妻が挑んだヒマラヤの高峰・ギャチュンカンの岩壁。
壮絶な登攀記録を読むだけで手に汗を握る、
その一瞬一瞬の緊張感が伝わってくるようでした。

単純に比べること自体が間違っているのかもしれませんが、
自分のペースで決められたコースを走るマラソンは、
何て安全なスポーツなのだろう。
今の自分の走りが、まるでスローモーションのように感じました。

いつも山を見ると登りたいという欲求に掻き立てられる山野井夫妻。
日常生活の無駄な部分を極限まで削ぎ落とし、
エネルギーもお金も登山だけに集中投下させるライフスタイル。
私はそこまで趣味にエネルギーを傾けられませんが、
ライフワークにかける情熱など、共感できるところが数多くありました。

ゴールタイムは、1時間37分。

最後の数キロは、気管支炎で浅くなった呼吸も気にならず、
足の疲れも忘れ黙々と走りに徹していました。

次のレースは、東京マラソン。
当日まで体調を崩さないこと、
そして、当日の晴天を祈るばかりです。

ギャチュンカンの絶壁に比べれば、42キロはたやすい。
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by sa-ya-sa-ya | 2008-01-30 23:38 | レース報告

2008 フロストバイトロードレース ~娘の場合~

1月20日、5歳の娘と横田基地開催の
「フロストバイトロードレース」に出場しました。

「フロストバイト」とは「氷つく・噛みつき」…つまりシモヤケのこと。
内陸性の冷え込みの厳しさをレースの名前に付けているのですね。

その名にふさわしく、キリッと冷え込んだ日曜日。
娘は、2キロのキッズレースにエントリーしました。
何といっても、生まれて初めてのロードレース。
デビュー戦は、ゴールまで走りきることが目標です。

最後までモチベーションが途切れず、どこまで頑張れるか…?
私の不安は、すぐに吹き飛ぶことになります。

スタートの合図とともに勢いよく飛び出す娘。

ピンと伸ばした背筋。
前をしっかり見つめる目。
そして軽快な足の運び。

実にランナーらしく走っているではありませんか!

道中、愚痴のひとつもこぼさず
最後まで一定のペースで走り、そしてゴール!

2キロを走ってもケロッとしている娘と対象的に
私は5歳児のガンバリに涙が出そうになりました。

将来は、ホノルルマラソンや東京マラソンで
一緒にゴールを切りたいものです。e0095428_7404576.jpg
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by sa-ya-sa-ya | 2008-01-25 18:47 | レース報告

EKIDEN

この週末に地元の「区民駅伝」に参加しました。

いくつかの町を「連合会」として束ねて16チームが競う対抗レース。
町内会を経由して声をかけていただき、私にとって初の参加となりました。

小学生から40代まで、9区間に分けてチームを編成。
私が所属するチームには、箱根駅伝常連校の陸上部出身の方もいて
少し「本気」の香りのするチームでした。

私の前の選手は、小学校5年生の女の子。
とても真剣に走ってくれ、それまでに2位をキープ。
そして、私の担当は9区・アンカーです。

タスキを渡されるまでの数分間、正直フルマラソンの時よりも緊張・・・。
短い距離一気に走る身体に慣れていない私は
皆さんの期待に応えられるのだろうか・・・?不安が頭をよぎります。

スタート。

コースの途中では、同じ連合会の選手とその応援者が盛んに声援を送ってくれます。
正直、声援はしんどい・・・プレッシャーがのしかかってきます。
いつもより早いペースで走りはじめ、あっという間に呼吸の苦しさが押し寄せてきました。

このお正月に足を運んだ箱根駅伝。
一人の選手をクルマが取り囲み、とても競技とはいえない異常な環境に驚かされました。
大勢の声援の中で黙々と走る選手の精神力は、信じられないほど強靭なもの。

それに比べれば、私の走っているローカルレースなんて
比べものにならないくらいちっぽけな苦しみです。
でも、レースで苦しい時って自己中心的な思考回路になるんですよね。
声援にも手を少しあげて応えるのが精一杯。もう、いっぱいいっぱいなんです。

コースの最後のトラックでは、同じチームのメンバーが
併走して声援を送ってくれました。誰が横を走っているのか分かりません。
苦しさに喘いでいた私は視野が狭くなっていたようです。

ゴール!

結果は準優勝。嬉しい結果となりましたが、正直レースを全く楽しむことができず・・・。
駅伝が終わって、旅のように走るフルマラソンが無性に恋しくなりました。
東京マラソンまであと1ヶ月。これはもう楽しむしかないでしょう!!
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by sa-ya-sa-ya | 2008-01-14 18:29 | レース報告

NAHAマラソン 2007

12月2日、日曜日。

8時50分。
スタート地点で、名古屋から来た“なごやのカープさん”を見つけ列に加わります。
後ろには、台湾から来た3人のランナーが。
言葉を交わし、ささやかな国際交流タイム。気持ちがほぐれます。

9時00分。
2万3千人のランナーと一斉にスタート。

5キロ付近。
坂を駆け下りると、「アミノバリュー」のノボリが目に入りました。
そこには、アミノ千葉の応援メンバーと一緒に沿道に立つ上の子供の姿が。
子供は、デジカメのシャッターを懸命に切りつづけています。

そういえば、フルマラソンで子供に応援してもらうのは初めて。
うれしい、実にうれしいものです。
こうなったら、子供にカッコいいところを見せなくちゃ。
こんなことを考えていたら、ペースが上がってしまいました。
キロ4分45秒。スピードを抑えて、抑えて・・・。

“なごやのカープさん”と離れ、キロ5分前後で走りつづけます。
ところで、今日の私は調子がいいのだろうか?ふと、自問自答をしてみると、
スタート前、ストレッチやアップを全くやらなかったことに気づきました。
時間ギリギリで物事に取りかかるのはよくないですね。
大切なことが、頭からスッポリと抜け落ちてしまいます。
村上春樹氏のエッセイの一節を反芻しながら、足を前へ進めます。

20キロ付近。
サトウキビ畑が続く道沿いも、地元の応援が絶えません。
公式の給水ポイントがどこにあるのか分からないくらい、
私設のサービスエイドが乱立しているんですね。
塩、黒砂糖、かちわり氷、レモンのスライス。
沿道の皆さんのご厚意を遠慮なく受け、走りつづけます。

  ―――「お母さん、レースに出ていいよ。」

  7時30分。
  滞在先のホテルで、上の子供が私にこう伝えました。

  NAHAマラソン出場のため、家族で訪れた那覇3日目のこと、
  上の子供が明け方から発熱。
  薬で熱は一旦下がったとはいえ、風邪の急性期です。
  旅行先での不安もあるはずなのに、沿道での応援を強く希望しました。

  金曜の夜遅くに連絡があり、土曜に那覇入りするはずの夫が予定変更に。
  レース中の子供たちの世話を頼む人がいなくなるという、大ピンチ!!
  下の子供は、急きょ地元の保育サービスを利用することになりましたが、
  上の子供の発熱は想定外。レースの出場をほとんどあきらめかけていました。

  トラブルが重なり、レースに出場できること自体がまさにミラクル!
  今までで、これほど走れる喜びを感じたことはありません。
  せっかくのチャンスだもの、最後まで楽しんで走らなくては。

  それにしても、沖縄の空は何て濃い青色なのでしょう。空はまるで夏そのもの。
  照りつける太陽は、私に「ここは南国なんだぞ、分かったか!」と主張しているよう。
  こんなに気温の高いフルマラソンは初めて。なかなかの難敵です。

中間地点。
平和記念公園では、大勢の高校生ボランティアが迎えてくれました。
声援に応えて笑いながら手を振ったら、女子高生から「かわいい~」と黄色い声が。
おいおい、年上にそのコトバはないだろう・・・。苦笑しながらも元気をもらいました。
前日にコースの下見をした時も、高校生が黙々と道路の清掃活動をしていたっけ。
沖縄のホスピタリティに対する意識の高さに驚かされました。

25キロ地点。
ひめゆりの塔を通過します。ここは、レースの前日に立ち寄った場所。
沖縄の戦時中の事実を学ぶ資料館は、子供にとって衝撃が強かったよう。
大きくなったら、再び訪れることになりそうです。

30キロ手前。
前日、子供たちと足を運んだ名城ビーチが眼下に広がります。
真っ白な砂を裸足で走り回り、そして貝拾い。
砂浜で遊んだことを思い出したら、気持ちがスッと軽くなりました。
繰り返し続くアップダウン。でも、足はまだ前に出るようです。

35キロ地点。再び「アミノバリュー」のノボリ発見!仲間からのエールは、最高の喜びです。
上の子供は、変わらずカメラを構えています。
「いっぱい写真撮ったよー!」
がんばって待っていてくれたんだ。ありがとう、私もがんばるからねー!
足取りも軽やかに(軽やかなフリをして)手を振り、駆け抜けていきます。

40キロ地点。
右へ大きく曲がる太い上り坂。レース終盤にこの斜度は足に辛く
気がつくとキロ5分半ペースに落ちていました。
ここまで来たら、もうタイムは気にしない、気にしない。
最後の2キロは、たっぷりとレースを楽しむことに決めました。

ゴール手前。
ボランティアの高校生が、道の両脇で1メートルおきにロープを持って並んでいます。
ダダダダダ・・・と何十人もの高校生と連続ハイタッチ。素晴らしい花道を抜け、ゴールへ。

ゴール!!
タイムは、3時間32分38秒。自己ベストを2秒(だけ)更新!
起伏と暑さが厳しいコースだったので、ささやかな自信になりました。

―――「お母さん、レースに出ていいよっていったのは正解だった?」

応援から戻ってきた上の子供が、ポツリとつぶやきました。
大正解に決まってるじゃん、ホントありがとー!!
私はありったけの力をこめて、子供の頭をグリグリグリ・・・。

NAHAは身体も心も満たしてくれる、ドラマチックなレースとなりました。
子供を預かってくれた仲間、さわっちさん、ワクさん、リエさんありがとうございました!
「沖縄の旅」に終始ご一緒くださったmakikoさん、お世話になりました!
そして、背中を押してくれた子供たちに感謝です。

最後に・・・
下の子供は、地元の保育サービスにすっかり馴染み楽しんだとのこと。
お迎えに行ったらご機嫌で遊んでいました。たくましい!さすが私の子供です。
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by sa-ya-sa-ya | 2007-12-07 21:36 | レース報告